“心の病と医療について思うこと…”

心屋さんのブログでシェアされていて、はじめて由喜さんのブログを読んだとき、私はびっくりしました。

彼女の言っていることは、核心を突いている。
本当のことに言及し過ぎている。
だからこそ、
そんなことを言ってしまって大丈夫?
と心から心配になりました。
読んだ瞬間に、すごい!と思いました。
そして、『あわわわ…大変だ。これは絶対に荒れる。…怖い』と思いました。
私の中では精神疾患が病気ではなく個性であるのはごく当たり前なことでしたので、内容には驚きませんでした。
ただし、『自分の思っていることをただ口にしただけで自分が戦いたいと思わなくても戦いを挑んでくる人が殺到する』シナリオってありますから。
他人からの投影をダイレクトに受けてしまうとそうなるのです。
しかも『あの』心屋さんのブログは色んな人が読んでいる。
そこには常識の洗脳から溶けてない人たち、様々な不幸な物語の主人公がいる。
精神疾患て、一般的には『不幸』の代名詞ですから。
だから、それに関わる、不幸の物語の主人公たちは、不幸でいたい人がとても多い。
不幸でいることにメリットを感じているのです。

精神疾患の当事者はもちろん。
それだけではなくて、精神疾患の家族を持つ人間、精神医療や福祉に関わる人たちも、『精神疾患』に関わることでメリットがある。
メリットを否定されると、大変だねと言ってもらえなくなる。


『大変だね、気の毒だね』と言われたい。
『大変だから、○○でもしょうがない』と言えなくなるのは嫌だ。
精神疾患に関わる当事者以外の人たちは、『大変だね、偉いね』と言われるのを奪われたくない。


仁さんも罪な男だなあとシェアを読んだ瞬間に思いました。
荒れるのは絶対にわかってたでしょう?
彼女が色んな『不幸でいたい人』に投影されて、もみくちゃになることが分かってたはず。
やれやれ、確信犯ですな。
この男は…と思いました(笑)
しかし、この師弟関係ってね、まるで釈迦と釈迦の弟子のやり取りのようだと思いました。
仁さんて前世、僧だったんじゃないのかしら(笑)
師は弟子に意地悪とも思える試練をこれ見よがしに与えるものなのです。
それは一般論的に、もう定説です。


たくましくも彼女はそれら(師匠からの愛のムチ)を糧にして、どんどん強く優しく輝いた。
これからもどんどん輝きを増して行くことでしょう。
由喜さんのこれからのご活躍を期待しています。


心鐘の里 (こころのさと)

OSHO禅タロット・神々の心のタロットを用いたカウンセリング&ヒーリング