補足


前記事について、神々の心のタロットの北澤先生がSNSでご意見をくださいました。

経緯を全て書くと長くなりますし、勝手に他の方のご意見を抜粋するのも申し訳ないので、私の書いた部分のみ掲載させて頂くことで、前記事の補足に変えさせていただきます。




自由に書かせて頂き、そして厳密さに欠く部分をフォローをして頂き、ありがとうございます。
 神々の心のタロットを占う作法として「少なくとも気付きの前には絶対に感覚を投入するべきでない」ということであり、先生が他の方の流儀を否定している訳ではないのは頭では理解はしていました。
 ただ、先生から言われたことは、別の師から習ってきたことの正反対に感じて、かなり衝撃的でした。 私は禅タロットの師に、自分の中にとことん入って行くというやり方で気付きを得る方法を教わりました。
 ですから、自分からとことん離れるという方法で気付きを得るというやり方とのギャップに戸惑い、二人の師が言っている事が正反対すぎて、向かう方向が真逆でびっくりしました。
 自分の中にとことん向かう方法は最短で答えが出ることもあるのですが、その内なる声がハイヤーセルフ、愛の声であるのか、もしくはロウアーセルフ、エゴや恐れの声であるのか、細心の注意を払い見分ける必要があります。 ですから私の禅タロットの師、そしてその生徒達は、己の弱さ恐れをも愛し受け入れる、幻想、今までの過去の記憶や思い込みを超える、自分の本音に耳を傾けるというある種の魂の修行に身を置いて日々励んでいます。
 だから自分自身を占うことについては、恐らく神々の心のタロットよりやりやすいかも知れません。 しかし他人を占うとき、クライアントはそういう鍛練を日々していないことが普通ですから、その伝え方に難しさはあります。
普段意識して生活していない限りは、自分の弱さから目を反らして全速力で逃げる人の方が圧倒的に多い気がします。 神々の心のタロットでも、禅タロットでも、占った(私の禅タロットの流派は厳密には占いでなくセラピーですが)結果に得られるものが、「自立と覚悟を伴った幸福感」であることは共通しています。(私の勝手な言葉ですみません) 
向かうベクトルが逆でも同じところにたどり着けるんですね。 …この不思議な気持ちをどのように説明したらいいか分からないです。


 自分から離れること、自分の中に入っていくこと。 それらは、全く違うようで実は同じことであるということなのですね。

心鐘の里 (こころのさと)

OSHO禅タロット・神々の心のタロットを用いたカウンセリング&ヒーリング