インナーチャイルドと児童虐待PTSD

6月17日の個人ブログの記事より。



マスコミは児童虐待など、凄惨な犯罪、ニュースを報じるときに、ものすごく奇異で特殊なこと、ショッキングさを強調したがるけれども、こんなことなんて、思ったより身近に沢山溢れている。
家庭という箱には、暗く重い闇が詰まっていることがある。
恥、劣等感、投影。
社会でいい顔をして、自分の中の不具合やら老廃物を、強い者が弱い者に押し付ける。
ぐにゃりと曲げられた倫理観、道徳観でそれらを正当化して、力を持つものが正義を作る。
圧倒的支配者に隷属しないと、子供は生きていけないのだ。
こういったニュースを聞いて、人々はどのような感想を抱くのだろうか。

ものすごく、非人道的なことをあえて言う。

深刻な傷を抱えて生きている人たちの中には、
こんな辛い状況から逃げられて、死ねて良かったね、と思う人もいるだろうと思う。

こういった親に虐げられた上で、運悪く(敢えてこう言います)もし生き残ってしまった人は、そう思うかも知れないなと。

児童虐待PTSDを、診断してくれる医者が日本には(少なくとも関東地方には)居ない。
それって、死ぬより、辛い。

カショオ、リスカ、恋愛依存、性的逸脱、性産業従事者、暴力団構成員、ホスト通い、借金、アルコール、煙草、薬物依存症…等々…痛々しく凄惨にギリギリで生きる人たちの中には、児童虐待PTSDの人が沢山いると思う。

そして。

この子の両親(加害者型PTSD)は、一体どんな悲しい人生だったんだろう。
そちらも、切ない。

多くの医療の専門家は児童虐待PTSDをどうしていとも容易く否定出来るんだろう。
診断しないのは存在を認めないということだから、否定しているのと同じだ。

自分が責められていると感じる親という立場の人間からの圧力?

「誰だって、多少は親から辛い目に遭わされて来たんだ」?
だから、辛さを訴える他人を見て
「そのくらい我慢しろ」?
「俺も子供の頃我慢したからお前も我慢しろ」?

挙げ句、自分なんてこんな目に遭ったんだ、と自分の経験談を武勇伝のように語り出す輩。
俺は誰にも助けて貰わなかった!
だからお前が助けられるのは許さない!
囚われているお前はただ単に弱いんだ!
弱い人間は生きる価値がないんだ!
…だと。
その根性論、単なるモラハラ(加害者型PTSD)だよなあ。

児童虐待PTSDには、

①外傷体験(トラウマ)型
②フロイト神経症(妄想・ファンタジー)型
がある。

①外傷体験(トラウマ)型は、実際にこの事件のように犯罪的な、非人道的な虐待があったケース。

②フロイト神経症(妄想・ファンタジー)型は、子供の時分特有の、ボタンの掛け違い、思い込みであったケース。

(リブログ先のサイコドクターS先生が後者を「虐待」と定義されるかどうかは分からない。少なくとも当事者の体感としては虐待なので、この書き方です。私のカテゴライズに問題があったらごめんなさいです。)

医療系でない民間セラピストは、トラウマであっても、ファンタジーであっても、分け隔てなく「インナーチャイルド」という言葉を好んで使うことが多い。
(医療系の人の口から聞いたことはない。)
しかし結果的に、それで当事者の心の尊厳、安心感は守られることもある。


上記二種類を同じ「インナーチャイルド」という言葉でまとめて同一視してしまうことの、メリットとデメリットがあることを、皆様に知って頂きたい。

(崇高な哲学、宗教、精心世界などの域の話で、当事者の思想、考え方の質、人格を極限まで高めていければ、確かに区別する必要は無い。ただし、凡人にいきなり解脱しろなんて、無理な話。)

メリットは、インナーチャイルドという言葉で、心を開くきっかけになることもある、ということ。
酷い虐待を受けた人間の多くは自分を恥じている。
自分を特別人よりも劣っていて、出来損ないだと感じている。
それを、セラピストに
「インナーチャイルドは誰にでもいるのよ」
と言われることで、
「なんだ、自分ばかりではないんだ、自分は変ではないのだ、世の中の多くの人たちと同じなんだ!」
と安心することができる、…こともあるということだ。

デメリットは、虐待をうけた人間の、(負の)選民意識を刺激すること。

実際に酷い目に合っていたのに、それを未熟なセラピストに、
「子供の頃の辛さは、あなたの思い込み(認知の歪み)でしょう。虐待なんて、本当にあったの? みんな誰でもインナーチャイルドはいるのよ(甘えちゃダメよ、なスタンス)」
などと言われたら激怒するのは当然の話だろう。
そういうセラピストに限って、自分はほぼ虐待を受けた経験がないので能天気。
若しくは自分自身の傷を克服してないからクライアントに対して若干モラハラ気味。
同じ目に遭ってから言えや。
若しくは、
ちゃんと自分の問題を克服してから、言えや。
過去に会った人々に私はそういた感情を何度も感じました。
痛みを知らないから、能天気でいられるのは、まあしょうがないっすね。そういうもんです。
やり取りのなかで、互いに成長するのが人間ですから。


あとは、インナーチャイルドという言葉の手垢(多くの人に持たれる先入観、イメージ)として…

子供の頃のことを引きずっているのは、弱い人間であるという認識で、そのことを認めたくない、
自分の人生を、生きざまを、上から目線で「病気」と括られて嫌な気持ちになる当事者。

依存症と本当に自分がやりたいこと、好きなことの区別がつかない認知の歪んだ人。

いつまでも、子供の頃のことを言っているのだ!と怒り出す、又は馬鹿にする第三者。
そういった方々からの、反応は良くないです。

その怒り、拒絶、否認の「反応」こそが、あるという「証拠」なんだけど…。
という訳で、私は「インナーチャイルド」や「PTSD」は、その場とその人に合わせて使っています。どちらも痛い、という人も多いんですがね。

三つ子の魂百まで。
弱さだとかそういう問題じゃねえだろって。
まあ、どうぞ私を悪者にしてくださいませー。


https://ameblo.jp/phantom-nightmare/entry-12381790254.html

遅発性晩発性複雑性児童虐待トラウマ複雑性PTSDが治療できない精神科医から医師免許をとりあげろ。

…本当に仰る通りです。
「そう簡単にPTSDにはならない」と思っている人の多さ。

心鐘の里 (こころのさと)

カウンセリング及びヒーリング。OSHO禅タロット・神々の心のタロットを用いた内観。気功・アクセスバーズ。